【埼玉大学】 長田健先生に取材!経済における銀行の主な役割とその変化

【埼玉大学】 長田健先生に取材!経済における銀行の主な役割とその変化

埼玉大学
長田 健 教授


1980年山梨県生まれ。2004年一橋大学商学部卒業。2009年一橋大学商学研究科単位取得満期退学。2011年商学博士(一橋大学)。2008年日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)。2010年一橋大学商学研究科特任講師。2011年西武文理大学サービス経営学部専任講師。2015年埼玉大学人文社会科学研究科・経済学部准教授、2022年同教授、現在に至る。この間、オーストラリア国立大学クロフォード経済政府研究所、国際通貨基金(IMF)、シンガポール国立大学で客員研究員・客員教授を務める。専門分野は銀行論、金融。

主な著書・論文(共著・編著含む)『日本金融の誤解と誤算: 通説を疑い検証する』共編著、勁草書房、2020年。“Banks Restructuring Sonata: How Capital Injection Triggered Labor Force Rejuvenation in Japanese Banks”(共著:The BE Journal of Economic Analysis & Policy, 2017)。「資本注入政策のキャピタル・クランチ促進効果」(金融経済研究, 2010)など。

1.まずはじめに!銀行の持つ主な役割とは?

銀行は世の中のお金の循環を効率的にする為に重要な役割を果たしていると考えられています。

銀行の役割を理解するために、金融の役割からお話しさせて下さい。
世の中には赤字主体(お金が足りない経済主体)と黒字主体(お金が余っている経済主体)がいます。

前者の例としては企業が挙げられます。ある企業が大発明をして、それを大量生産したいと思った時、新工場を建てたり人を雇ったりするお金が足りません。企業が「お金をためてから」工場を建てて生産したのでは何年かかるか分かりません。

そこで、企業は黒字主体からお金を融通してもらいます。すると大発明はすぐに製品化され、我々の生活を豊かにしてくれるでしょう。

では黒字主体の代表的な経済主体は誰でしょうか?それは我々(家計)です。

「お金なんか余っていないよ~」という声が聞こえてきそうですが、給与をもらって、その全額をその日に全て消費してしまう人はいないと思います。1億2千万人の国民が少しずつ余らせたお金を集めれば莫大なお金になります。

そういったお金を企業に融通すれば、企業は助かりますし、我々も融通したお金に利子などがついて増えますので将来豊かになることが出来ます。そして何より、社会全体で大発明の恩恵を享受できるようになります。

つまり、金融の役割は「黒字主体のお金を赤字主体に流すこと」であり、それが上手に出来ている経済が望ましいと考えられています。
では、どうやってお金を流せばよいでしょうか。我々家計(黒字主体)が企業(赤字主体)に直接融通(直接金融と言います)できれば良いのですが、それは非効率であることが知られています。

実際、皆さんの中に企業にお金を直接融通している人はどれくらいいるでしょうか。恐らくほとんどの方はNoだと思います。私たちの多くは余った少しのお金を銀行などに預けています。

そして銀行は私たちから預かったお金を一纏めにして、黒字主体に代わって赤字主体に資金を融通しています(間接金融と言います)。この間接金融というお金の流れ方は効率的であると考えられていて、その結果として銀行業が発達したと考えられています。

では、どうして銀行は効率的にお金を流すことが出来るのでしょうか。その1つに「預金」という商品が我々家計にとって魅力的だからと考えられています。銀行預金はいつでも預けたり引き出したりできて、1円単位からも預けられて、元本割れする可能性がほとんどない金融商品です。

一方、直接金融はどうでしょう?企業に直接お金を貸すタイミングや返してもらうタイミングは自由に選べませんし、たった1円の融資を喜んで受ける企業もないでしょう。そして何より企業経営が失敗したら貸したお金は返ってこないかもしれません。
つまり、直接金融だと、黒字主体がお金を手放しづらく、いつまでも黒字主体にお金が滞留し、経済全体にお金が流れにくくなると言われています。

更には、預金を持っていれば、振込サービスなどを使って日本中どこにでもお金を送金することが出来ます(これを為替業務[現金を移動させることなく、口座間の資金移動を行う業務]と言います)。これもまた預金の魅力を高め、黒字主体が自身のお金を手放し銀行に任せようというインセンティブを与えていると考えられます。

銀行が効率的にお金を流せる2つ目の理由に、銀行のほうが黒字主体より融資が上手であるということがあります。黒字主体にとって企業のことを審査するのは手間ですし、不得手です。どんな素晴らしい発明をした企業がいたとしても、その価値を適正に評価できなければお金は流れません。

また、お金を融資した後も、その企業の預金の増減をチェックしたりして、経営状況を常に把握し、将来本当にお金を返してもらえるか監視することもできます。無事にお金が返って来れば、我々は安心して再び銀行に任せようと黒字主体は再び余剰資金を銀行に任せようとしますよね。こうやって好循環が生まれると考えられています。

つまり、銀行は預金・融資・為替という3大業務を担うことで、世の中のお金の循環を効率的にしているのです。
そして、日本経済は第二次世界大戦後からバブル崩壊の少し前まではこのメカニズムがうまく機能していたと考えられています。銀行が日本の戦後復興を支え、世界第2位の経済大国になる大成長の陰の立役者だったと言っても過言ではありません。


2.現代では「預金」「貸出」の機能が低下している?

しかし、バブルの頃からボタンのかけ違いが始まりました。
融資の審査が得意なはずの銀行が本来融資すべきでない企業にお金を貸す→融資が焦げ付く→銀行が経営不安に陥る→経営不安に陥った銀行が本来貸すべき優良な企業にもお金を貸せなくなる→企業もお金を借りにくくなるので経営不振になる→新たな発明は日の目を見ることなく経済は停滞する・・・こんな感じでどんどん日本経済は螺旋階段を転げ落ちるように悪化してきます。

バブル崩壊から15年くらい経った今世紀頭に、日本経済は危機的な状況は脱したのですが、その後、以前のような好循環はなかなか生まれない。実際、銀行がお金を流す機能は上手く機能していません。それを測る指標の一つに預貸率(貸出額÷預金額)というものがあります。

銀行に入ってきたお金のうち何パーセントが貸し出しに回っているのかを捉えることが出来る指標なのですが、好循環だった頃、この値は100%を超えていました。つまり、銀行に100万円のお金が預けられると、銀行は100万円(もしくはそれ以上)融資してくれます。しかし、現在の預貸率は60%程度。つまり、黒字主体が銀行に任せたお金の40%のお金は活用されないまま銀行内に滞留している状況です。しかも、この預貸率、低下の一途を辿っています。

この滞留の原因は2つあります。
一つは銀行がせっかくのお金を活かし切れていないこと。この意味において貸出機能は低下しているかもしれません。
2つ目が、人々が預金を持ちすぎていること。なぜ活用されない預金を持ち続けるのでしょうか。

前段で金融の役割について説明したように、黒字主体が余ったお金を銀行に預けるのはそれが魅力的だからだったはずです。しかし、皆さんにとって銀行預金は魅力的でしょうか?

現在、預金金利は0.002%ですが、バブル崩壊前は6%、高いときには8%近くありました。現在、100万円を1年間預けても1年後に20円しか金利がつきませんが、バブル前は6万円金利がついていました。

僕は戦後からバブル崩壊までの成功体験(余ったお金は銀行に預けておけばOK)を経て、人々が惰性で銀行預金に預けているだけの気がするのです。あの成功体験が無ければ、自分のお金はどこで運用しようとか、どこに保管しておこうとか一生懸命考えるはずなんです。

僕は今年の4月からシンガポールに滞在していますが、以前、こちらの方の話を聞いたら、銀行預金には最低限のお金しか入っていないと言っていました。余ったお金は自分で考えて色々と振り分けているとのことです。日本経済の長期停滞の一つの要因に、僕は日本人一人一人のこの思考停止(惰性)が影響しているのではないかと考えています。

3.銀行の為替機能は逆に活発になっている?

預金と為替という魅力が黒字主体をひきつけお金が銀行に流れ出す・・・と説明しました。しかし、皆さんにとって現在の銀行の為替はどこまで魅力的ですか?昔は為替業務は銀行しかできませんでしたが、現在は多くのフィンテック企業が類似のサービスを提供しています。

例えば、僕は自身の日本のお金をシンガポールに送金するとき、銀行の提供している外国送金のサービスは使わずフィンテック企業の外国送金サービスを使っています。理由は、そちらのほうが手間がかからず、手数料も安いからです。

この例は何を意味しているのでしょうか?昔は銀行しかできなかったサービスが、フィンテック企業などの非銀行によって提供されてきているのです。僕が指導した南米出身の大学院生はビットコインが貨幣(預金)に代わると強く信じていました。

通貨価値が安定しない南米諸国などでは、自国の銀行預金よりもビットコインのほうがよっぽど安全で、信頼出来る資金の預け先であり、同時に便利な送金手段だと感じている人が一定割合います。つまり、銀行が提供してきたサービスはもはや銀行の独占物ではなく、多くの企業体が競争しあいながら提供する世界が到来していると言えます。

銀行が行ってきたサービスは細分化され、それぞれのサービスがBigtech、 Fintech、Techfin、銀行によって提供される群雄割拠の時代が到来しつつあります。その意味において銀行サービスはとてもホットな世界と言えると思います。

4.今後、銀行のもつ機能に変化は起こるのか?

この問いの「銀行」がBanks(銀行業)を指しているのか、Banking(銀行サービス)を指しているのかで答えは変わります。そして、ビルゲイツが30年前に言ったと言われる「Banking is necessary、 Banks are not」がその答えだと僕は思います。

僕は金融論の研究者として、冒頭述べたような間接金融のすばらしさ(効率性)を教えています。しかし、間接金融とはサービスのことであり、担い手は銀行である必要はありません。僕が学生の頃は銀行が間接金融の主たる担い手だったので、間接金融のすばらしさ≒銀行の素晴らしさでしたが、今は違います。

つまり、お金を上手に流す仕組みとしての銀行サービスは永遠に変わらないと思いますが、その担い手が変化すると思うのです。

銀行に代わってGoogleなどのBigtechが担うようになるかもしれませんし、銀行サービスがアンバンドリングされて複数の企業が預金・貸出・為替など別々に担いながらお金が流れるような世界が来るかもしれません。

金融の役割は黒字主体のお金を効率的に赤字主体に流すことです。その流れ方は直接金融でも間接金融でも問題ではありません。担い手は銀行であってもFintech企業であっても問題ありません。
群雄割拠の時代を日本経済が上手に活かして、お金という血液が上手く循環する日本経済が復活してくれるんではないかと期待していますし、僕自身も頑張りたいと思っています。