【千葉大学】投資と景気の関係|投資初心者が知るべき経済統計学の視点

【千葉大学】投資と景気の関係|投資初心者が知るべき経済統計学の視点

景気の動向を探る上で、国内総生産(GDP)や雇用統計、物価指数などの経済指標は欠かせない情報源となります。

しかし、
「経済指標を効果的に活用するには?」
「具体的にどうやって資産運用に役立てるの?」
といった悩みを抱える投資初心者の方も多いでしょう。

そこで当記事では、千葉大学千葉大学社会科学研究院 准教授の大鋸崇先生に「景気指標を個人の投資に活かす方法」を解説していただきます。


略歴

千葉大学社会科学研究院准教授、博士(経済学)。
東京都立大学助手、千葉大学法経学部専任講師・助教授・准教授、同大学法政経学部准教授を経て、2017年より現職。 この間、東京都立大学・敬愛大学・東洋大学・日本大学・千葉工業大学・税務大学校・税関研修所にて非常勤講師、内閣府客員研究員、Institute for Advanced Studies客員研究員などを歴任。専門は、金融工学および株式市場・マクロ経済指標の計量時系列分析。 代表的な論文として、
“Intertemporal Cointegration Model: A New Approach to the Lead–Lag Relationship Between Cointegrated Time Series,” Journal of Business Cycle Research,17, pp, 27–53, 2021.
“Bayesian Estimation of Persistent Income Inequality using the Lognormal Stochastic Volatility Model,” Journal of Income Distribution, 21, pp. 88-101, 2012, with H. Nishino, K. Kakamu.
“Forecasting Electricity Demand in Japan: A Bayesian Spatial Autoregressive ARMA Approach, “Computational Statistics & Data Analysis, 54, 11, pp. 2721-2735, 2010, with Y. Otsuka, K. Kakamu.
「株式市場におけるブル相場・ベア相場の日次データを用いた分析–ベイジアンアプローチ–」『ベイズ統計学とファイナンス—ジャフィー・ジャーナル|金融工学と市場計量分析』,日本金融・証券計量・工学学会,朝倉書店,pp. 110-150, 2009, 共著(大屋幸輔). があげられる。


1.「景気」とは何によって判断されるのか

まず、投資の判断基準となる「景気」は何で測れば良いのでしょうか?

景気の判断基準となるのは様々な経済統計ですが、中でも最も重要な景気指標は国内総生産(Gross Domestic Product:GDP)です。

GDPは、1年間に日本国内でどれだけ付加価値が生み出されたかを表しています。

例として、自動車を生産することを考えてみましょう。

まず、原材料は鉄鉱石等の金属やプラスチックの原料となる原油などが考えられますが、これらは海外から輸入されます。

輸入した原材料は、企業(加工業者)が自動車部品の素材へと加工し、この素材を使って部品業者は自動車の部品を製造しますよね。

最終的に自動車産業では部品業者から部品を購入し、自動車を製造し販売するわけです。

自動車生産における付加価値に注目すると、原料から素材、素材から部品、部品から製品の三段階で付加されていることが分かります。

すなわち、加工業者は原料を10億円で仕入れ、30億円で部品業者へと販売したならば20億円の付加価値を付けたことになります。

これらの付加価値を全て足し合わせたものがGDPとなるわけです。

では、より身近な例として、企業と我々の間にある付加価値はどうなるでしょうか。

企業は付加価値から社員の給料を支払い、その残りが企業の利益となります。

さらに企業の利益は、配当として株主に分配されますね。

企業の生み出した付加価値は、労働者と株主の所得となり、そして所得は生活の中で消費されます。

このことからわかることは、私たちの所得は企業活動による付加価値額に依存しているということです。

所得が上昇すれば私たちは景気の上昇を実感することができる訳ですが、それにはGDPの上昇が必要になります。

こういった理由からGDPは代表的な景気指標となり、GDPが大きく成長すると景気が良い、ということになるわけです。


2.投資家が知っておくべき景気指標「景気動向指数」について

前述の通り、GDPとは国内で産出された付加価値の総額で、国の経済活動状況を示すものです。

GDPは通常一年間の付加価値総額を考えているので、年単位で考えられます。

1年という長い期間を補完する意味で四半期GDPも公表されていますが、現状の景気を判断するためには、それでも役不足であると言わざるを得ません。

そこで、内閣府では毎月三種類の景気動向指数(先行指数・一致指数・遅行指数)を発表しています。

この中で一番重要だとされているのが、GDPを補完する役割を持ち、生産を表す指数である一致指数です。

また、先行指数は投資に関する指標となり、遅行指数は消費に関する指標です。

すなわち、三種類の景気動向指数は、投資・生産・消費という経済のサイクルをとらえています。

令和5年9月7日には令和5年7月の景気動向指数が発表され、基調判断としては「景気動向指数(CI一致指数)は、改善を示している。 」となっています。

基調判断には、下記の五段階があります

改善
景気拡張の可能性が高いことを示す

足踏み
景気拡張の動きが足踏み状態になっている可能性が高いことを示す

局面変化
上方への局面変化:事後的に判定される景気の谷が、それ以前の数か月にあった可能性が高いことを示す
下方への局面変化:事後的に判定される景気の山が、それ以前の数か月にあった可能性が高いことを示す

悪化
景気後退の可能性が高いことを示す

下げ止まり
景気後退の動きが下げ止まっている可能性が高いことを示す

このように、景気動向指数および基調判断を見ることにより、二ヶ月遅れではありますが景気の現状を明確に把握することができるのです。

なお、「③局面変化」のところで出てくる、「景気の山」・「景気の谷」というのは景気基準日付のことです。

「景気の山」は好景気のピークを表し、「景気の谷」は不況の底を表しています。

すなわち、景気基準日付は、景気のトレンド転換点を事後的に算出したものとなります。

また、景気基準日付は、景気動向指数(一致指数)を算出する際に用いられるマクロ系列を元に、景気動向指数研究会での議論を踏まえて、経済社会総合研究所長が設定するものです。

この景気基準日付は、景気動向指数と同様に内閣府のHPで確認することができます。

令和5年9月時点では、令和2年(2020年)5月の「景気の谷」から始まった第17循環に位置し、まだ景気の山は迎えていません。

すなわち、景気の拡張局面にあると言えますね。

この循環は、「景気の谷」から始まり、「景気の山」を経て、次の「景気の谷」で終わり、次の循環に移ります。

谷から山の期間が景気の「拡張期」、すなわち景気が良くなっていく期間。

また、山から谷の期間は景気の「後退期」であり、景気が悪くなっていく期間です。

このように、経済は好景気と不況を繰り返しながら、長期的には成長していきます。


3.投資情報としての景気指標

2023年9月現在は第17循環となりますが、こちらはまだ終わりを迎えていないので、一つ前の循環である第16循環を見てみましょう。

第16循環は、平成24年(2012年)11月(谷)から始まり、平成30年(2018年)10月(山)にピークを迎え、令和2年(2020年)5月(谷)に終わりを迎えました。

この内、景気の拡張期は71か月、後退期は19か月です。

ちなみに、故安倍晋三元首相が自民党総裁となったのが平成24年9月、また、内閣総理大臣に首班指名されたのが同年12月。

その後、潰瘍性大腸炎を理由に内閣総辞職したのが令和2年(2020年)9月ですので、この第16循環はほぼアベノミクス期と考えて良いでしょう。

この時の日経平均は、月末値で、9,446.01円(平成24年11月:谷)、21,920.46円(平成30年10月:山)、21,877.89円(令和2年5月:谷)となっています。

つまり、第16循環の景気の拡張期には日経平均が上昇し、収益率にして+130%ものキャピタルゲインを獲得できたということです。

また、第16循環以前の循環に関する景気拡張期の収益率は下記となります。

第15循環(平成21年3月〜平成24年3月)は+24%。
第14循環(平成14年1月〜平成20年2月)は+36%
第13循環(平成11年1月〜2000年11月)は+1%
第12循環(平成5年10月〜平成9年5月)は+2%

上記を見ると、バブル崩壊後ですらプラスのキャピタルゲインを獲得できていることが分かりますね。

このように、景気指標は株価とも密接な関係があることが分かっていただけたでしょうか。


4.景気指標を用いた投資判断

株式投資で正のキャピタルゲインを獲得するためには、当然安い価格で購入し、高い価格で売却する必要がありますよね。

上述の「3.投資情報としての景気指標」では、景気の谷とされる月の月末に終値で購入し、景気の山とされる月の月末終値で売却した場合、
キャピタルゲイン収益率を計算すれば、結果として正のキャピタルゲインを獲得できると分かったかと思います。

しかし、現実にはこのような方法で購入することはできません。

その理由は、景気基準日付が決定されるまでには六か月から一年、場合によってはそれ以上の遅れを伴うからです。

そこで、景気動向指数の基調判断が役に立ちます。

基調判断は現状の景気の状態を教えてくれますので、それを利用するわけです。

例えば、基調判断が上方への「③局面変化」であれば、経済が高い確率で現在景気の谷の近辺にいることになり、今後景気の拡張期に入ることが予想されます。

これは「買い」なわけです。

一方、基調判断が下方への「③局面変化」であれば、今後景気の後退期が予想されるので、もし株式を保有しているならば「売り」、そうでなければ「休むも相場」ということになります。

このように、基調判断と実際の日経平均を総合的に判断することによって、現状の株価は高いのか安いのかの判断がつきやすくなりますね。

また、先行指数は一致指数よりも三か月程度先行しています。

つまり、先行指数が上昇(下落)してきたら概ね三か月遅れて一致指数も上昇(下落)を始める傾向があるということです。

この先行指数の動きも、景気を予測する上で重要な情報となります。


5.投資初心者へのアドバイス

株式投資で勝つためには、安く買い高く売ることにつきるでしょう。

個別銘柄、特にトヨタ自動車(7203)やファーストリテイリング(9983)に代表される大型株は市場との連動性が高いので、これらは日経平均や東証株価指数(TOPIX)などの株価指数と似た動きをします。

このことから、今、株価が高値圏にあるのか安値圏にあるのかを見極めるためには、日々の株価指数の推移に注目すると主に、株価指数の長期的な変動をチャートで見ることが必要です。

また、上述したように景気動向指数やその基調判断も併せて参考にすることで、高値掴みをしてしまう可能性を減らすことができるでしょう。

大半の投資初心者の方は、どの銘柄を買ったらいいのか非常に悩むのではないでしょうか。

現代ポートフォリオ理論では、複数の個別銘柄を組み合わせてポートフォリオを作成し、「どの銘柄にどれだけ投資するか」という投資比率をコントロールすることで、投資リスクをコントロールすることができるとされています。

しかし、この投資比率の決定は、統計学および金融工学の知識が必須であり一朝一夕にはできるものではありません。

実は、この現代ポートフォリオ理論の最終的な結論としては、マーケットポートフォリオと呼ばれる市場を代表するポートフォリオを保有するのが、全ての投資家にとって最適戦略であるということが示されています。

マーケットポートフォリオとは、全上場銘柄を時価総額比率で保有するポートフォリオで、リスクとリターンのバランスが取れた最適なポートフォリオです。

しかし、このような大規模なポートフォリオを組むことは不可能であり、また、このような株価指数は作成されていません。

そのため、日本においてはTOPIX(東証株価指数)がマーケットポートフォリオの代替として広く認知されています。

このTOPIXは株価指数であるため直接取引することはできません。

しかし、各投資顧問会社がTOPIX連動型投資信託を発売しており、この投資信託に投資することにより、TOPIXに投資するのと同等のキャピタルゲインを得ることができます。

このことから、投資初心者の方には、TOPIX連動型投資信託を少額から始めることをお勧めします。

買いのタイミングがわからなければ、積立を利用するのも賢いやり方です。

前述の通り、長期的には経済成長と共に株価は上昇します。

積立は平均取得単価を抑えることができるので、長期的にはキャピタルロス(損)をする確率をかなり低くすることができるでしょう。

また、2024年1月から新NISA制度が始まり、投資枠の拡大や投資期間の無期限化など制限が大幅に緩和され、政府が個人投資の後押しをしています。

投資利益に対する課税率は2023年9月現在約20%ですので、NISAの非課税枠は有効に使い、賢く投資をしましょう。