【愛知学院大学】 西海学先生に取材!株式投資で確認すべきファイナンス情報の基礎

【愛知学院大学】 西海学先生に取材!株式投資で確認すべきファイナンス情報の基礎

愛知学院大学 教授
西海 学


2004年3月 横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程後期修了 博士(経営学)
2004年4月 福井工業大学工学部専任講師
2007年4月 愛知学院大学経営学部専任講師
2008年   同准教授
2014年4月 University of Victoria Visiting Scholar
2016年4月 愛知学院大学経営学部教授

1.株式投資における財務表の重要性とは?

財務諸表に記載される情報は、基本的に実際に生じた取引が記録されたものとなり、過去情報になります。

一方、株式価値は経済理論としては配当割引モデルや割引キャッシュフローモデルなどのように、将来配当や将来キャッシュフローといった将来効用の現在価値合計として算出されますので、将来情報を元にしているということになります。その意味では、過去情報である会計情報は、株式価値の推定にはあまり意味のない情報のように感じられます。

株式価値を推定するに当たっては、企業の将来収益や利益、収入を情報として必要としますが、これらを生み出すのは企業の将来の事業活動になります。その事業活動を行うために、企業はこれまで、資金調達や投資といった準備をどのようにしてきたかということと、その企業の事業の手法や傾向を事前に基礎的な知識として知っておく必要があります。

そのためには財務諸表情報が適しており、財務諸表情報を使った分析がファンダメンタル分析と言われる所以といえます。

2.財務諸表の基礎的な見方について

主たる財務諸表には、損益計算書と貸借対照表があります。

・損益計算書とは?
損益計算書は、実際にどれだけの収益を得て、それに対して実際にどれだけの犠牲を払ったかについて記載されたものです。そのため、直近の経営パフォーマンスがどうであったかを示していることになります。

投資の成果、投資の回収状況を見ることに加えて、収益・成果の獲得のパターンや投資・費用の掛け方を判断し、それを将来の業績の予測に役立てていきます。

・損益計算書で重要な項目は?
企業業績を見る上で重要な項目は、まずは売上高でしょう。売上高は一期間に実現した事業の規模を示しています。これまでの売上高の推移を見れば、事業活動が成長過程にあるかどうか、経済情勢からどのような影響を受ける傾向にあるかを見ることができます。
 次に、そもそも損益計算書はその名のとおり利益や損失を計算するものなので、利益に関する数値の重要性は高いと言えるでしょう。
日本基準の財務諸表では、売上総利益、営業利益、経常利益、当期純利益がありますが、売上総利益は別名、粗利で、売り上げた財貨に直接的に掛かった費用を差し引いたものです。
営業利益はさらに、人件費などのその他の営業費用などを差し引いた、本業のパフォーマンスを示す利益になります。経常利益は、営業外の、主にファイナンス活動による収益費用を加減算した数値になり、企業全体の経営パフォーマンスを示すといえます。
ここまでの利益数値は、企業の事業活動の状況を知るために活用できる指標となります。なお、アメリカ基準やIFRSでは、経常利益の区分はなく、かつ営業利益も日本基準のものとは計算要素が異なっているので、分析においては注意が必要です。
 一方、当期純利益は株主にとって直接的に影響がある利益項目となります。株主持分に振り替えられる利益は、この当期純利益であり、また配当の原資になるからです。また、ROEの分子として当期純利益は用いられることからも、株式投資のパフォーマンスを直接的に推定するに当たって必要な指標です。
ただ、注意しなければならないのは、当期純利益は企業の事業活動のパフォーマンスを判断するには適していないということです。それは、当期純利益には災害損失や予定外の利得など、企業の事業活動とは無関係な利得損失を含んでいるためです。

・貸借対照表とは?
貸借対照表は、貸方(右側)でどのように資金を調達したか、借方(左側)に調達資金をどのような経営資源に投資されている状態であるかを示しております。その意味で、基本的には過去の事象のうち、ストック項目を一覧にしたものとなります。

・貸借対照表の右側(貸方)は資金調達の状況を示されている

貸方は負債の部と純資産の部に分れており、その比率でどのような資金調達をする傾向にあるかの概要がわかります。また、負債には利子のあるものとないものがあります。

有利子負債は、借入金や社債などが主な項目となります。有利子負債が多い企業は、その後の返済と利払いが事業活動に影響を及ぼす可能性がありますが、負債のレバレッジ効果が働くケースもあり、例えば、利益が同じなら負債の割合が高い方がROEは高くなりますので、有利子負債が多い=よくない財務状況とは言い切れません。

有利子負債がありながらも売上の増加や利益の増加が果たされ、粗利や営業利益に対して支払利息の金額が小さな比率であれば、負債を活用したレバレッジを効かせた経営ができていると言えます。一方、売上や利益の変動が鈍化・悪化しており、有利子負債が増えていたり、粗利や営業利益に対して支払利息の比率が高い場合は、資金繰りが苦しく、有利子負債に依存している可能性があります。

・貸借対照表の左側(借方)は保有する経営資源が示される
借方の資産には、経営活動に用いる経営資源が計上されています。資産が多いに越したことはないとは言えますが、収益性の低い事業活動に投資をしている、あるいは活用度の低い資源に投資をしている場合、当然企業のパフォーマンスは低くなります。

経営投資の効率を簡単に判定するために、総資産回転率(売上高÷総資産、Turnover)を使います。業種によって基準値は異なりますが(一般に総資産回転率=1が閾値といわれます)、企業間比較を行う事で判断していきます。

資産の項目で、金額が大きく、かつ、よく意味がわからないものとして「のれん」というものがあります。経済学や会計学で、「のれん」の概念は超過利益力を意味し、通常は会計上認識しません。

資産として計上された「のれん」は他社をM&Aした際に、他社が有していた「のれん」に対していくら投資したかを示しています。資産としての「のれん」が大きい企業は注意が必要です。もちろん、M&Aによる超過利益が大きくなることが期待されますが、資産としての「のれん」の金額分は投資されているので、売上の増大などで「のれん」が回収できているか、回転率が悪化していないか注視しましょう。

・その他の財務諸表
その他の財務諸表として、キャッシュフロー計算書と株主資本等変動計算書があります。損益計算書上では黒字でも、キャッシュフローがマイナスということはあり得ることで、実際にバブル崩壊後、キャッシュフローが制度化されていない時代の日本ではそのような企業が「黒字倒産」しておりました。

営業活動からのキャッシュフローを損益計算書の利益数値と比べ、キャッシュフローの方が大きければ利益に現金の裏付けがあるということになりますが、利益の方が大きいと現金が伴っていない、あるいは現金回収が遅れていることになりますので、利益の方が大きい状況が続いている企業は、資金的安全性が疑われます。

株主資本等変動計算書は、純資産の部の変動を示しております。特に注目したいのは、利益剰余金の項目です。当期純利益がどれだけ企業に留保され、株主にどれだけ配当されているかをみることができます。


3.株式投資に活かせる会計学を学ぶためには

財務諸表には「財務」という言葉がある通り、「財務活動」「ファイナンス」を目的として作成されています。つまり、企業が金融機関や投資家に対して、「ファイナンス」目的で作成・公表しています。

そのため、その企業に対して株式投資を行うかどうか、最初に判断材料として使う情報として財務諸表があり、それを読むために会計の知識を得ておくと考えるといいでしょう。

会計学や財務諸表分析の本をただ字面だけ読んでいると、おそらく退屈に感じる人も多いでしょう。会計理論を理解することも大切ですが、株式投資を行う上では、財務諸表を活用できるということがより大切ですので、気になっている実際の企業の財務諸表を横に置きながら会計学を学習し、学習したら、その企業はどうなっているのかを財務諸表を見て考えてみるといった学習方法が効率的ではないかと思います。なお、実際に財務諸表を見ていくに当たっては、金融業や規制産業は分かりにくいので、最初は比較的がわかりやすい一般事業会社の財務諸表を見ていきましょう。