日本経済は大丈夫?金融市場における国際統合がもたらすリスクとメリット|明星大学 中田勇人教授にインタビュー


明星大学
中田勇人教授


明星大学経済学部専任講師、准教授を経て、2020年より同大学経済学部教授。この間、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、トロント大学訪問研究員、中央大学経済学部非常勤講師などを歴任。

専門は国際金融に関する実証分析で、特に近年では石油価格の変動がマクロ経済や株式市場に与える影響を研究。

主な著書に『国際金融論15講』(共著、新世社)、『東アジア諸国の開放経済』(共著、日本評論社)などがある。


1.国際金融における、金融市場の統合とは?

国際的な金融市場の統合について完全に決まった定義がある訳ではありません。

しかし、投資家や金融機関が当局による規制や課税に阻害されず、自由に取引できる状態が想定されていると言っていいでしょう。また、金融市場が統合されているか判断する際には、経済規模と比べた海外からの投資額(対内投資)、海外への投資額(対外投資)などを参照することが多いです。つまり、実際に国際的な資金移動や投資が活発に行われているかどうかで判断します。

他方、経済学的な観点では、金融市場の統合とは同一の資産が同一の価格になることと考えられます。これは、少し難しくなりますが、同じキャッシュフロー(お金の流れ)、同じリスクを持つ資産(株や債券)はどの国でも同じ価格で評価されるということを意味しています。

近年、日本の株価と海外市場の株価との連動性が高まっていると指摘されていますが、こうした現象も国際的な金融統合の結果として理解することができるでしょう。

後述するように、国際的な金融市場の統合は資金を最も収益性の高い投資先に振り向けることができるなど多くのメリットがあります。そのため、多くの先進国や新興市場国は金融市場の統合を促進する政策を採ってきたと言えます。

例えば、1990年代後半から進められた日本の金融ビッグバンでは金融市場を活性化し、経済成長を促進する政策の一環として国際投資の自由化(外貨証拠金取引や個人向け外貨預金の登場など)が進められました。


2.際市場の統合がもたらす様々な影響とは?

国際的な金融市場の統合は、もちろん日本の個々の企業にも影響を与えると考えられます。まず、資金調達の面を考えてみましょう。

先に述べたように金融市場の国際統合によって、資産価格は同一水準に近づくので、国際的に見て割安だった資産の価格は上昇するでしょう。

日本の株価は国際的に割安でしたが、最近は海外からの資金流入などによって上昇しています。こうした株価の上昇は、日本企業が株式によって資金を調達するコストを引き下げます。また、上場企業以外にも国際化の影響は及んでいます。

近年、日本のスタートアップ企業の資金調達において、多くの案件に海外投資家が参加していると言われています。スタートアップ企業への投資には上場企業への投資よりも高いリスクが伴うので、スタートアップ企業への投資にノウハウを蓄積した海外投資家の参加は、日本のスタートアップ企業の育成にもプラスに働くと考えられます。

海外からの投資の増加は、企業に対して資金コストを引き下げる以外の効果も持ちます。日本の株式市場において海外投資家の保有比率は上昇していますが、海外投資家は投資先のコーポレートガバナンス(企業統治)についてもグローバルな基準に従うことを求めており、株主総会での投票行動に反映させています。

さらに、一定割合以上の株式を保有した上で、企業に業績改善や株主への利益改善を迫る「アクティビスト」と呼ばれる投資家がいます。これにより、日本企業が海外のアクティビストから働きかけを受けるケースも増えています。つまり、金融市場の国際統合は資金調達だけでなく、企業のガバナンス全体にも影響を与えることになるのです。

では、国際的な金融市場の統合は各国経済全体にとっては、どのような意味を持つのでしょうか。金融市場の統合によって、資金需要が旺盛な発展途上国はより低いコストで資金を調達することができる一方、先進国の投資家はより有利な投資先を得ることで収益を高めることができます。

また、各国の投資家のポートフォリオが自国以外の資産も含むことにより、分散効果によって収益が安定化することが期待できます。日本の公的年金資金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は資産の一定比率を海外の債券や株式に投資していますが、こうした公的ファンドの収益の改善や安定化は年金財政などにも影響を与えます。

しかし、金融市場の統合が各国経済に与える影響はポジティブなものだけではありません。新興市場国にとっては、短期間に海外から大規模な資金の流出入があると、資産市場に大きな変動が生じて経済にとってかえってマイナスになることも考えられます。

1990年代のアジア通貨危機では、この懸念が現実のものとなってタイ、韓国、インドネシアなどの国々が大きなダメージを受けました。ASEAN諸国などでは近年、国際的な投資への規制がかえって厳しくなる傾向も見られますが、こうした動きは海外からの投資のマイナス面に対応していると考えられます。
また、近年では各国の企業や富裕層がタックス・ヘイブンという税金がほとんどかからない地域(ケイマン諸島、バミューダ、パナマなど)を利用して節税、租税回避を活発に行っているとされます。2016年に明らかにされたパナマ文書(パナマの法律事務所から流出した一連の文書)は各国で多くの著名人や富裕層がタックス・ヘイブンを利用している実態の一端を明らかにしました。国際的な金融市場の統合と共に進行したこうした現象は、各国で深刻化する経済格差をより拡大するものと言えます。


3.今後予想される金融市場の統合とその要因につい

近年、ブロックチェーンのようなフィンテックが注目を浴びていますが、フィンテックと金融市場の統合には双方向の関係があります。まず、金融市場の統合は新しいテクノロジーを有する投資家が国際的に活躍することを可能にするので、各国で新しいフィンテックが普及することを後押しします。例えば、近年の日本の株式市場ではアルゴリズムに従った高頻度取引(HFT)が普及していますが、HFT業者の大半は海外勢です。

他方、従来のクロスボーダー決済(国境を越えた資金決済)はコストと時間を要する仕組みなので、金融市場の統合を阻害する要因の一つとなっています。これに対し大手IT企業のフェイスブック社(現メタ)は「リブラ」というステーブルコイン(暗号資産の一種)を新たな国際決済手段にしようとしましたが、各国当局の反対によって挫折を余儀なくされました。

しかし、ブロックチェーンを基礎技術とするCBDC(中央銀行デジタル通貨)は既に中国やカンボジアなど各国で導入されているほか、日米欧の金融当局も検討を進めています。各国のCBDCを使った決済ネットワークを構築することによって、クロスボーダー決済を効率化することが期待されています。金融分野での技術革新はこのように金融統合を促進するポテンシャルを持っています。

国内に目を向けると、岸田政権は国民の資産形成を促進するための資産所得倍増プランを打ち出し、非課税期間を無期限とする新NISAの導入などが行われています。最近では新NISAによる対外投資の増加によって外国為替市場での円安が促進されているといった報道もあります。
高齢化社会で長期的な視点に基づいた投資が求められるなか、ポートフォリオの一部として海外資産を保有する動きは強まるのではないかと考えられます。

こうして、家計が海外投資によって安定的な資産形成が可能になれば、金融市場の統合が本当に国民の厚生を改善することにつながるのではないでしょうか。