金融市場における情報の伝達とは?専門家が語るその重要性と未来|中京大学 小林 毅先生にインタビュー


中京大学
小林 毅教授


名古屋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学、博士(経済学)。
岩手大学人文社会科学部講師、中京大学経済学部講師、准教授を経て現在同学部教授。専門は金融論。

1.金融市場における情報伝達の重要性とは?

みなさんは、「金融」とはどのような経済活動だとお考えでしょうか。

たとえば「お金の移動」というイメージをお持ちの方も多いと思います。確かにそれは間違ってはいませんが、ただお金を移動するだけのために大勢の人が関わり、大規模な金融機関がたくさん存在し、またサブプライム・ショックなど様々な問題が発生したりするのは不思議ですね。

金融という活動は、実は単にお金が移動しているだけではなく、お金に付随する情報を入手する「情報生産」や、得られた情報を他人に伝達する「情報伝達」という要素が重要な役割を果たしています。

たとえば皆さんはたいていの場合余裕資金を直接企業などに融資するのではなく、銀行に預金して銀行に融資を任せるのではないでしょうか。それは融資先企業の融資の返済能力(信用力)という情報を自分で生産するのではなく、専門家である銀行に委ねているのです。

株式投資をするとき、投資家は投資先企業の将来性という重要な情報を入手しようとします。誰がどのように情報を発信し、その情報を解釈したり信頼性を判断したりするのかはとても重要な問題で、金融という経済活動のかなりの部分はこのような情報生産・伝達という機能で占められているのです。

2.日本国内におけるこれまでの情報伝達における変化

一つの例として、株式の配当を考えてみましょう。株主総会で、株主は経営者を選出して経営者に企業の経営を任せます。

しかし経営者は株主の操り人形ではなく、株主が経営者の考えていることを正確に知ることは簡単ではありません。また、経営者は高い評価を得るために楽観的な業績見通し、将来性を口にしがちですが、意地悪な言い方をすればいうだけならだれでもできる、ということになります。

では経営者は信頼してもらえるメッセージをどのように投資家に伝達するのでしょうか。その一つの手段が配当です。

一見すると配当を受け取れる、配当が増えるのは投資家にとってありがたいことのように思われますが、実は配当はもともと株主のものである資本を株主に分配しているだけです。また企業にとって貴重な内部資金の流出を意味し、企業にとってもかならずしも好ましいものとは言えないのです。

ただし、将来に自信を持つ経営者にとって、配当のマイナス面は大して問題にならないでしょう。一方、将来に不安があり、少しでも資本や内部資金を確保しておきたい経営者にとっては配当による内部資金の流出は大きなダメージになります。

つまり、配当を出したり増やしたりすることは、経営者の将来に対する自信の表れであり、投資家はそのことを理解して企業が配当を開始・復活・増加するというニュースを好意的に評価すると考えられます。このような配当による情報の伝達を「配当のシグナリング仮説」と呼びます。

日本企業には、長い間「安定配当」という考えがありました。業績が変動しても、配当はあまり変動させないということです。「安定配当」の慣行の下では、一度増やした配当を減らすと投資家には非常にマイナスの評価を受けてしまいます。

つまり、いったん増やした配当を減らすのが難しいとなると配当を増やすのは勇気がいります。この場合、配当を増やすことは投資家にとって非常に強いポジティブなシグナルとなります。配当のシグナリング機能が強く働いてきたといえるでしょう。

しかし、近年では様子が変わってきました。たとえば本田技研工業は、連結配当性向30%を目安とすると宣言しています。利益に比例して機械的に配当が決まるなら、配当の額には何ら情報は含まれないということになります。このように目標配当性向を定める企業が増加しており、配当のシグナリング機能は徐々に弱くなってきていると考えられます。

3.今後、国内で見られる金融市場の変化とその展望

では、そのほかに経営者から投資家に対するメッセージの伝達手段としてどのようなものが利用されるのでしょうか。

一つは自社株買いで、これは資本を株主に分配するという意味では配当とよく似ているのですが、自社株買いは経営者が自社の株価が割安だと判断した場合に多く行われるため、投資家に対してより強いメッセージを送ることになります。

またIR(インベスター・リレーションズ、投資家向け広報)の充実も重要です。経営者が日ごろから投資家に対して情報を適切に開示し、投資家からの信頼を得ることができれば、配当という回りくどい情報伝達手段に頼る必要は薄れてくると思われます。

2023年3月に、東京証券取引所は「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」という文書を発表しました。そこでは日本企業の株価がおおむね低い評価を受けていることを念頭に、企業が投資家に対して情報の開示や対話により積極的にコミュニケーションをとることを求めています。

一方、配当や自社株買いの安易な利用をいさめています。配当や自社株買いは貴重な内部資金の流出を意味し、成長のための投資の妨げとなる可能性があります。資本効率が低く、また成長機会に乏しい日本企業は少なくないため、手っ取り早い株価改善策として配当や自社株買いが利用されがちですが、積極的な投資によって業績を伸ばすというのがより望ましい方向であり、多くの企業がそのような方針を採用することを期待します。